仏文学界に彗星の如く現れ、36歳の若さで去っていった実在のベストセラー作家ネリー・アルカン。金髪で華奢な体に豊満なバストがトレードマークで、サイン会に男性ファンが行列を作る様はメディアからマリリン・モンローを彷彿させるといわれた。愛を求め、激情とともに生きた彼女の短い生涯と、エロティックで過激な小説の世界を描いた本作は、トロント映画祭が選ぶカナダ映画2016 TOP10に選出され、カナダ・スクリーン・アワード2017では衣装デザイン賞を受賞したほか、各国映画祭で高い評価を受けている。
 監督は、一夜だけの濃密な情事を官能的に描いた『ある夜のセックスのこと モントリオール、27時』(2011)のアンヌ・エモン。ネリーの作品世界にほれ込んだ彼女自身が脚本も手掛け、2年の歳月をかけて書き上げた。本作ではネリー作品の過激さを忠実に表現することを心掛けたという。一方で過激さの裏側にある、愛への渇望と孤独、苦悩といった人間としての普遍的な感情を細やかに描き、性と生に翻弄されたひとりの女性としてのネリー・アルカンの実像が鮮明に浮かび上がる作品となっている。
高級エスコートガールだった<ネリー・アルカン>は、自らの過去をモデルにした小説がフランスの編集者マチューの目に止まり、華々しく文壇デビューを飾る。美しくも残酷なエロスが話題の作品には男たちを虜にする妖艶なエスコートガール<シンシア>が描かれ、世間の興味はシンシアがネリー自身なのか、作品のどの部分が事実なのか?ということに集中する。いつしかネリーは人前では、人々が彼女に望むキャラクター“派手好きなセレブでセクシーアイコンの”<マリリン>を演じるようになっていく。
一方、作品の中ではジャンキーの<アミ>が、運命の恋人のフランシスと出会い幸せの絶頂にいた。しかし、ドラッグの魔法が解けると一瞬で疑心暗鬼になり、求めれば求めるほど愛が遠ざかる苦しみから逃れられないでいた。孤独に執筆を続けるネリーは、新作もデビュー作と同じように高く評価されることを望んでいるか?とジャーナリストに問われ不安を募らせる。マリリンは魅力が衰えたことに怯え、シンシアは客の暴力で危機に瀕し、アミはフランシスを失う。やがてネリーは、生み出した分身(ペルソナ)たちに、心の奥に隠していた<本当の自分>を蝕まれていく。
1982年生まれ。カナダ、ケベック州出身。2005年にショートフィルム『Qualité de l'air』で監督デビュー。『Naissances(原題)』(2009)がブルックリン国際映画祭で最優秀ナラティブ短編賞を受賞。初めて手がけた長編映画『ある夜のセックスのこと モントリオール、27時』(2011)は、トロント国際映画祭、釜山国際映画祭ほか多数の映画祭に正式出品され、2012年のベスト・カナディアン・ファースト・フィーチャー賞を受賞。2015年には『Les Êtres chers(原題)』でケベック映画賞とカナダ・スクリーン・アワード、両方の監督賞にダブルノミネートされた。『ネリー・アルカン 愛と孤独の淵で』は、長編監督として第3作目にあたる。
Q:ネリー・アルカンを題材にした映画を作ろうと思った理由は?
アンヌ・エモン(以下エモン):昔からネリー・アルカンに魅了されていたんです。2009年に彼女が亡くなった時は、まるで妹が亡くなったかのように泣きました。なぜ会ったこともない女性の死で泣いたのか分りません。多分、彼女のことを少し理解できていると、どこか親近感を抱いていたんだと思います。彼女の映画を撮りたい気持ちはずっと持っていて、ただ、それが彼女の小説を原作にしたものなのか、彼女の伝記映画なのか、それとも彼女の小説と人生を合わせた少し不思議な映画を撮るのかを決めかねていました。彼女の小説を、何度も何度も繰り返し読んだので、今では暗記してしまった位です。最終的に、この作品は3番目になった訳ですが。
Q:ネリーのどんなところに惹かれたのですか?
エモン:彼女が公に登場する時の人格にとても興味を持ちました。外見はとても美人ですが、明らかにカラーリングとわかる金髪で、豊胸した胸に、不自然にぽってりした唇、全てが偽物だったんです。インタビューなどでメディアに出演した時の彼女はとても不思議なオーラに包まれていました。少なくとも私には、完璧に作られた外見とは裏腹にとても繊細で壊れやすそうに見えました。彼女について、何人かの友人、ボーイフレンド、編集者、いろいろな人から話を聞きましたが、それはまるで1,000人の別人の話を聞いているようでした。彼女は絶えず嘘をついていて、それが彼女の人生をとても複雑にしていたんだと思います。一度、映画のどこか途中で息抜きが必要だと思って、彼女の小説の中で笑える文章を探したことがありました。でもハッピーな文章を見つけることはできませんでした。彼女が素晴らしい愛や、素晴らしい成功を手にした瞬間はあっても、その人生は辛く陰鬱としたものだったと思います。
 ネリーは社会との関わりで多くの問題を抱えていて、男性関係も上手くいかず、メディアとも問題ばかり起こして、しかもそのせいで苦しんでいました。でも、私は彼女を被害者にはしたくなかった。彼女は自分の殺人者になれるほどの強さを持っている女性です。この映画はフェミニズムを意識していると言われるかもしれませんが、私はこういう描き方をしたことに誇りを持っています。
Q:あなた自身も女性作家の一人ですよね?
エモン:3、4年前にこの作品を手掛け始めた頃、書いた脚本を彼に読んでもらったら“これはネリーの話だけど、君のことでもあるね”と言われました。私はネリーほど過激ではないけれど、共感する部分があります。それは、アーティストとして評論家を恐れていること、歳をとることに対する恐怖、そしてアーテイストとしても女性としても誰にも望まれなくなることへの恐怖。ネリーのほかにも、ヴァージニア・ウルフ、エイミー・ワインハウス、シルヴィア・プラスなどから影響を受けました。これらの芸術的な女性たちは、まったく違うようで皆が辛い人生を生き、人に見られることに苦痛を感じていました。彼女たちは、誰よりも美しくあることに、誰よりも賢くあることに、そして自分の居場所を得るために戦わなければならず、そのことに対して常に大きなプレッシャーを感じていたと思います。
 私の映画はいつも、生きたいのに生きていくことに苦労する人間を描いています。幸せを探し求めるが、結局不幸に終わってしまう人間たち。私は複雑な人間が好きなのかも。私自身も暗い人間かもしれませんね。
1973年カナダ、ケベック州生まれ。2001年、小説『ピュタン -偽りのセックスにまみれながら真の愛を求め続けた彼女の告白- 』(9月30日PARCO出版より発売予定。以下『ピュタン』)で作家デビュー。フランスの名門出版社スイユ社に原稿を送ったところ2週間で出版が決まり、処女作『ピュタン』は、フランスで最も権威のある文学賞、メディシス賞とフェミナ賞の両方にノミネートされ一躍有名作家の仲間入りを果たす。『ピュタン』がオートフィクションだったことから、大学の学費を稼ぐためにエスコートガールをしていたネリー自身が注目され、金髪で華奢な体に大きなバストを強調した服装がトレードマークとなる。その後、2004年に「Folle(狂った女)」、2007年に「À ciel ouvert (野外で)」を出版。2009年9月24日、自宅アパートで首を吊り遺体で発見された。自殺を題材にした新作「Paradis, clef en main(天国、即入居可)」が発売されたのはその直後だった。そして、2年後に出版された「Burqa de chair(肉のブルカ)」には未発表の作品「La robe(ローブ)」と「La honte(恥)」が収録されている。